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PKA Ausf H ハインリッヒ・バリエーション

pka_2.jpg


シュトラール軍初の装甲戦闘服であったPKA H型には、地球独立戦争時および戦後にわたって様々なタイプが開発された。

●PKA Ausf H2
H0およびH1の生産工程を見直し、パーツおよび工程数を減らした生産性向上型。
ホルニッセ搭乗能力を有し、マストマウンテッドサイトを標準装備している。
外見上、H0/H1との区別は無い。

●PKA Ausf H4
地上戦用型の装甲強化タイプ。セラミック耐熱装甲を、カーボン・アラミド系樹脂でサンドイッチし、実体弾に対する耐久性能を向上させた。
キャノピ下部には防弾ガラスが装備され、外見上の特徴となっている。

●PKA Ausf H6
ホルニッセ搭乗型の再設計タイプで、戦争末期から戦後初期の量産型となった。
装甲はエクサイマレーザーに対して、それなりの耐久性持つ樹脂・セラミック系に換装され、増加した重量に対応するため、エンジンも強化された。エンジンの外装部は大幅に形状が変わっている。
腕部・脚部ともにG型とのパーツの共通性を高める為に、形状が今までのものと異なっている。
一部の機体には、G型と同系のセンサユニットを機体前部に装着している。

●PKA Ausf H8
H6改修した工兵型。キャノピは防弾板に換装され、機体主装甲には耐衝撃性の高い樹脂系装甲が増設されている。
マニュピレーターは延長され、機体各部に作業用カメラが増設されている。

●PKA Ausf H11
H6のエンジンを換装し、地上での行動力を向上させたタイプ。地上用に転用されたものは、キャノピ下部に折りたたみ式防弾板を装備している。

●PKA Ausf H12
PKAの装甲防御力を大幅に向上させるため、ボディシェルをK型のものに換装、エクサイマレーザガンを装備したタイプ。
エンジン換装テスト用に作られたH7をベースに、試験的に数機が作られ、大戦末期に戦場試験が行われた。結果は満足いくものであったが、生産コストがG型並となったために本格生産は見送られた。

●PKA Ausf H16
PK41の性能向上型であるPK44の生産開始に伴い、PK44に対応するために機体背部の形状を変更、操縦系統を更新したタイプ。
生産は2888年より始められ、戦時中に生産されたH型と随時更新された。

●PKA Ausf H20
H16の生産簡略型で、植民星の警察部隊向けに大量生産された。ホルニッセ搭乗能力は持たない代わりに、センサ・光学系が強化された。

●PKA Ausf H22
H型の最終生産型。H16の性能向上型で、機動性能・センシング能力などはG型に匹敵するまでとなった。ボディシェルの容量が限界に達した為、これ以降の改良は行われなかった。
2890年代半ばまで生産が続けられ、各種とともに2900年代になっても使用された。

(全部マイオリジナル設定。ワンフェスへの布石)

"砲兵隊"ファルケ

(ほうへいたい・-)
制式名称:試作機のため無し

スーパーハンマー作戦において華々しいデビューを飾った反重力装甲戦闘機「ファルケ」であったが、設計段階より搭載兵装である23mm機関砲の火力不足が指摘されていた。
実際には高い初速や多銃身による投射弾量の多さにより、対空・地上目標には十分な破壊力を発揮していたが、ナッツロッカーをはじめとする重装甲目標にはやはり火力不足であり、大口径の対空火器を有する地上目標からはアウトレンジされるということとなった。そのため、大口径機関砲の搭載が求められるようになった。
30mm以上の大口径機関砲の開発は、J40(S)の火力向上を図るためにかなり以前より始められていたが、2885年になっても制式化されたものは無かった。そのため、既製の大口径機関砲を転用、改造し、本命の機関砲が開発されるまでの間の穴埋めをすることとなった。
この傭兵軍得意の手口も、地上兵器とは勝手の違う航空機用兵装には通用せず、多数の試作品が作られたが、どれもこれも使い物にならなかった。
その中で唯一、実機への搭載実験が行われるまでに改造が進められた35mm機関砲が存在していた。これは、機動力のある野戦対空砲として開発されたもので、機関砲と索敵レーダーおよび火器管制装置と連動させ、完全自動制御で対空射撃を行うという高度なシステムであった。リボルバー式薬室を備え、発射速度は毎分1000発と非常に高く、4発から32発までの4発単位でのバースト射撃を行うことができた。
弾種は、曳光榴弾、焼夷徹甲弾、榴弾、焼夷榴弾で構成される「通常弾」と、重金属弾芯を有する「徹甲弾」、プログラム式時限信管を有する「対空弾」の3種類に分けられ、通常は3つの弾倉それぞれに搭載される。対空弾は、センサの情報から割り出された目標と弾の交差時間が発射時に入力され、その時間に達すると自爆し、内蔵された250発の投射体を目標に向ってぶちまけるというものであった。
しかし、錬度がまちまちな実戦部隊で運用するには、これらのシステムは余りにも複雑で、扱いが難しいため、一部の重要拠点に設置されただけで多くが倉庫にストックされることになった。この余剰兵器を倉庫で発見した開発局の技術者は、システムが丸ごと独立したパッケージとなっていることに着目、ファルケの機体自体に大きな改造を施さずに搭載が可能と判断し、12台の機関砲を搭載可能なように改造した。
砲身は4本のアクチュエーターを内蔵したフレームで支えられており、空中機動時のGによるブレを機械的に補正するようになっていた。軽量化のために外装をすべてはがした機関部に3つの弾倉が取り付けられた。3つの弾倉からの装填はモーターにより行われ、瞬時に弾薬を供給する弾倉を変更することができた。
索敵および照準システムは、機関砲本体下部の光学・赤外線シーカーおよび前方監視システムポッドに振り分け、火器管制装置もポッド内に納め、機体の中枢コンピュータで制御できるようにした。これらの方式は、機関砲のシステムに問題が発生した場合、すぐに23mm機関砲に換装できるようにし、貴重なファルケが戦力外にならないように配慮された結果である。
同時に、重い35mm機関砲を搭載しつつも機動力を失わないようにと、機体後部の加速用エンジンが高出力・長時間燃焼型のYa-400に換装された。
早速6機の試験機が作られたが、作られたと同時にそれらは無意味なものとなってしまった。別の35mm機関砲が制式採用されることになったのである。その機関砲はシュトラール軍が航空機用に開発していたもので、新型戦闘機Ze145に搭載されたものの完全なコピーであった。
作られた試験機は予定通り世界各地のファルケ装備部隊へと送られたが、ラップランドに展開する第58戦闘航空団第24戦闘飛行隊以外は受領と同時に23mm機関砲に換装してしまった。第24飛行隊は、シュトラール軍が物資を輸送に利用しているムルマンスク鉄道への空襲を任務としており、大口径機関砲搭載機が必要だったのである。飛行隊は余った機関砲と弾薬をかき集め、装備機は対空砲改造砲搭載型の唯一の実戦参加機となった。
同機は「砲兵隊」と呼ばれ、対地攻撃のベテランである霧山千明中尉の専用機となった。

(ハセガワファルケを改造して作ったマイオリジナル機体の設定)

グッカー(Gucker) PKA Ausf G-16/R-1

g16.jpg

(ぺーかーあー・あうすふ・げー・-)

 2885年のスーパーハンマー作戦の失敗後から、シュトラール軍が低軌道に配置した偵察衛星や、無人偵察機による偵察・監視活動を避けるために、傭兵軍は悪天候時や夜間に大規模な部隊移動・物資輸送等の活動を行うことが多くなっていた。特に軌道上への物資打ち上げは、航空攻撃を避けるために大半が夜間に行われた。
 2886年に入ると打ち上げ数は増し、軌道戦力の充実はシュトラール軍の制宙権を脅かし、一部では奪われる結果となった。そこでシュトラール軍は夜間襲撃専門の部隊を編成し、打ち上げ・部隊物資輸送阻止作戦を行う事とした。
 襲撃部隊は、夜間装備を搭載した無人兵器が中心となっていたが、目標捕捉・選択、情報収集にはやはり人間の眼が必要であり、無人兵器に随伴し、指揮誘導を行う有人兵器が必要とされた。
 当初はカングールが適任とされたが、生産数の少なさと、輸送機材への搭載が難しい事が指摘され、装甲スーツをベースとした機体が開発されることとなった。ベースに選ばれたのは、機体容量に余裕のあり、生産数も十分であるPKAグスタフ」であった。
 試作機の生産はオーストラリアの兵器整備廠で行われた。組み立て前の機体と損傷により回収された機体数機が選ばれ、本国で設計・生産された夜戦キットが組みこまれた。こうして作られた機体は、G-4/R-1「グッカー(Gucker=眼)」と呼ばれた。
 8月に行われた、傭兵軍の軌道打ち上げ基地への大規模襲撃作戦「ネッカー演習」で勇名をはせることとなったグッカーは、各戦線から配備を要求されるようになった。しかし、G-4/R-1の生産数はグスタフの生産に影響を与えないように少なく設定されており、要求を満たすことは無理であった。そこで、技術力の劣る植民星工廠での生産のためにホルニッセ搭乗能力を削除し、大きいが安価で出力のあるエンジンに換装した簡易生産型のG-10/G-14をベースに夜戦型が作られることとなった。これにより生産されたのが、G-16/R-1である。
 G-16のベースとなったG-14は、生産段階よりサイドキャノピ用の開口部が無く、構造的に防御力はグスタフを上回っていた。サイドキャノピがあった部分には、側方レーダーとレーザ/赤外線/紫外線系前方監視装置が搭載された。前方監視装置の捉えた映像は、戦術ディスプレイ上やパイロットが装備するヘルメットサイトに投影されるようになっている。胴体前方のセンサーユニットには、低光量光学カメラやサーチライト、レーザー目標指示装置などが搭載されているが、機体によってそれらの装備は違っている。
 遠距離からの赤外線探知をさけるために、機体内部の熱は装甲板内部に張り巡らされた流体型サーマルジャケットで吸収し、エンジンカバー上部に取り付けられた排熱コンバーターにより外気と混合されて排出されるようになっており、排熱コンバーターの駆動にはエンジン排気のエネルギーが使われた。エンジン排気も同様に外気が混合され、赤外線抑制型排気口の効力と相まって、外気温にほぼ近い温度にまで下げられて排出される。さらに搭乗パイロットも赤外線放射を遮断するサーマルスーツを着用、身体の熱も水冷式アンダースーツにより吸収し、赤外線放射を小動物並にするという徹底した設計になっている。
 キャノピも赤外線の排出を減少させるコーティングがなされているが、コーティング剤がキャノピの透明度を減らすために、裸眼での情報収集を好むパイロットを中心に、コーティングを行わない者も多い。
 無線システムは、通常のシステムと共に無人兵器との交信を目的としたFuG51/56が搭載され、頭部装甲板の上部にループアンテナが装備されている。
 武装はベースになったG-14と同系のPWM.41/ASで、G-4/R-1のように専用の夜戦照準機は搭載されていない。これは、PWM.41/ASが複合照準機をすでに装備しているためであった。
 G-16/R-1は2886年9月よりヨーロッパ戦線に配備が開始された。最初にG-16/R-1を装備した第15夜間襲撃大隊は、バラトン湖周辺の湿地帯で戦闘を行った。同大隊の装備機は、湿地帯に生息する大型両生類を参考にした迷彩を施しており、そのため「カエル大隊」と呼ばれている。

(2009年夏のワンフェスで販売予定のグッカーの設定。くわしくはこちら

グッカー(Gucker) PKA Ausf G-4/R-1

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(ぺーかーあー・あうすふ・げー・-)

シュトラール軍が低軌道に配置した偵察衛星や、無人偵察機による偵察・監視活動を避けるために、傭兵軍は悪天候時や夜間に大規模な部隊移動・物資輸送等の活動を行うことが多くなっていた。特に軌道上への物資打ち上げは、航空攻撃を避けるために大半が夜間に行われた。
2886年に入ると打ち上げ数は増し、軌道戦力の充実はシュトラール軍の制宙権を脅かし、一部では奪われる結果となった。
そこでシュトラール軍は傭兵軍基地への夜間襲撃専門の部隊を編成し、打ち上げ・部隊物資輸送阻止作戦を行う事とした。
襲撃部隊は、夜間装備を搭載した無人兵器が中心となっていたが、目標捕捉・選択にはやはり人間の眼が必要であり、無人兵器に随伴し、指揮誘導を行う有人兵器が必要とされた。
当初はカングールが適任とされたが、生産数の少なさと、輸送機材への搭載が難しい事が指摘され、装甲スーツをベースとした機体が開発されることとなった。
ベースに選ばれたのは、機体容量に余裕のあり、生産数も十分であるPKA「グスタフ」であった。
試作機の生産はオーストラリアの兵器整備廠で行われた。組み立て前の機体と損傷により回収された機体数機が選ばれ、本国から送られてきた夜戦キットが組みこまれた。
サイドキャノピが装甲板で塞がれ、そこに側方レーダーとレーザー/赤外線前方監視装置が搭載された。前方監視装置の捉えた映像は、戦術ディスプレイ上やパイロットが装備するヘルメットサイトに投影されるようになっている。
遠距離からの赤外線探知をさけるために、機体内部の熱は装甲板内部に張り巡らされた流体型サーマルジャケットで吸収し、エンジンカバー上部に取り付けられた排熱コンバーターにより外気と混合されて温度を下げて排出されるようになっている。排熱コンバーターの駆動にはエンジン排気のエネルギーが使われる。エンジン排気も同様に外気が混合され、赤外線抑制型排気口の効力と相まって、大幅に温度が下げられて排出される。これらの装備により、夜戦型グスタフの赤外線放出量は生身の歩兵以下と言われている。
キャノピも赤外線の排出を減少させるコーティングがなされているが、コーティング剤がキャノピの透明度を減らすためにあまり好まれてはいない。
胴体前方のセンサーユニットには、低光量光学カメラやサーチライト、レーザー目標指示装置などが搭載されているが、機体によってそれらの装備は違っている。
無線システムは、通常のシステムと共に無人兵器との交信を目的としたFuG51/56が搭載され、頭部装甲板の上部にループアンテナが装備されている。
武装は通常のグスタフと同じであるが、夜間照準機が装備されている。パワーアームにはアームシュルツェンが装着されている。
夜戦型グスタフは、臨時編成された第2001夜間駆逐中隊に配備され、実戦テストが行われた。結果は満足できるものであり、夜戦型グスタフにはG-4の制式名称が与えられ、生産・配備が行われることとなった。
夜戦装備はR-1野戦改造キットの名前で制式化され、現地改修により夜戦型を生産できるようにされた。これにより夜戦グスタフは生産機/改造機を問わず、G-4/R-1と表記されるようになった。
夜戦グスタフは2886年夏より本格運用されるようになり、通常のグスタフと区別するために「グッカー(Gucker=眼)」と呼ばれるようになった。
8月には傭兵軍の軌道打ち上げ基地への大規模襲撃作戦「ネッカー演習」が行われ、そこで傭兵軍の新型装甲スーツ「スネークアイ」と交戦している。

(例によって勝手な設定です)

G-ポーン (G-Pawn)

(じー・ぽーん)

傭兵軍の装甲戦闘服。
AFSの技術を基に開発された月面装甲戦闘服「ルナ・ポーン」は、装甲服である前に宇宙服であるため、着脱が比較的容易であった。これは気密性を高める関係上、機体の分割パートを減らして可能な限り一体化し、AFS Mk.IIの後期型より採用された機体前面へ分割ラインを持ってきたためであった。
パワーアシストもパワーは落ちるがバッテリー式として構造を簡略化、整備性の向上が図られた。
結果、生産コスト・資材の使用量を通常のAFSより大幅に減らすことに成功した。
生産コスト・資材使用量の減少は、装甲戦闘服の慢性的不足に悩まされてきた傭兵軍にとって、慈雨とも言えるべき出来事であった。
2886年当時、地球上では大量に投入されるシュトラール軍の無人兵器に傭兵軍は押され気味であった。主力機であるSAFSや、その他の新鋭機の能力向上を行い、数に対して質で対抗しようしていたが、有効な装甲兵器を持たない部隊が無人兵器の餌食となることが多く、現地司令官はどのような形でもよいので、装甲戦闘服の支給を求めていた。
そこで考え出されたのが、簡易式AFSであるルナ・ポーンの地上型への転用であった。
問題は生産ラインの確保であった。AFS自体の生産は、2885年初頭にほぼ総ての生産ラインをSAFSのものに転換したために終了しており、唯一稼動していた陸軍中央工廠のラインもポーラーベアの生産で埋っていた。
この生産ラインの問題は、衛星軌道上でのプラントが運転を始めた2886年初夏頃になってようやく解決した。ルナ・ポーンの生産が軌道プラントに移され、それまでのラインを転用できるようになったからである。
地上型機体は、ルナ・ポーンから月面運用用の機材を総て取り払い、代わりに地上用の機材が取り付けられた。転用された機材の多くは、生産が中止されていたAFS Mk.IIIのもので、初期ロットのものは、戦場から回収され、修理・整備後に補修機材としてストックされていたAFS Mk.Iのエンジンが搭載された。武装は、AFS Mk.IIIやルナ・ポーンに搭載されたエクサイマーレーザーガンと同型のものであったが、エンジンで発電される電力を利用できるように改良されたタイプを搭載しており、射撃回数もほぼ倍となった。
稼働時間も以前のAFSより長くなり、着脱のし易さ、整備性の高さなど、あらゆる面において、AFSの最終進化形と呼ぶにふさわしい出来栄えとなった。
2886年8月に生産された初期ロット100機が欧州の部隊に配備されたのを皮切りに、停戦まで約1200機が生産された。中期ロットからはエンジンがAFS Mk.IIのものに変更され、一部にはポーラーベアと同じタイプのものが搭載されている機体もある。
ルナ・ポーン譲りの気密性の高さは、沼沢の多い地域や、寒帯地域で作戦を行う部隊指揮官に大いに歓迎された。
(背部排気管にシュノーケルを取り付け、河を潜って渡る本機の写真は有名である)
こうして傭兵軍の装甲戦力の隙間を見事に埋めた地上型ルナ・ポーンであったが、なぜか停戦に至るまで制式名称が与えられなかった。兵士達はこの機体を「Gポーン」と呼んだ。

(Gポーン発売を記念して。いつものように勝手な設定を)
(2009/08/24  スペルミス修正。ご指摘ありがとうございます)

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