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ナイトストーカー (Night Stalker) AFS type N

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2886年8月にシュトラール軍が行った、傭兵軍の物資打ち上げ基地に対する夜襲作戦「ネッカー演習」において、傭兵軍は夜襲部隊が放棄した夜戦型PKA「グッカー」十数機を鹵獲することとなった。
自爆装置により火器管制装置や通信機材といった重要部分は失われていたが、数機から完全な形の夜間索敵・照準システムが回収された。
この機材は、機体の各所に取り付けられた光学/赤外線/紫外線/レーザなどの各センサが得た画像や情報を、コンソール上のディスプレイやヘルメットサイトに投影する支援システムであった。
シュトラール軍はネッカー演習作戦以降、傭兵軍の基地や物資集積所、夜間移動中の部隊に対する夜間襲撃を激化させており、その対策を講じる必要があった。夜間迎撃に使えるものとしては、間接視認システムを搭載するSAFSグラジエーター、SAFSの索敵能力を向上させたラクーン、グラジエーターを改造した無人歩哨戦車セントールなどがあったが、どれも一線級の機材であり、防御作戦に回せる数は少なかった。
そこで、鹵獲したシュトラール軍の夜戦機材をAFSに搭載する試みが成されることとなった。3機のAFSがそのために改造され、1機はグッカーの機材をそのまま、もう2機はレーザ/赤外線のみに特化させ小型軽量化した機材を搭載し、試験が行われた。試験の結果、小型軽量化した夜戦機材で十分な性能を有すると判定され、夜戦AFSの生産が行われることとなった。
とはいえ、すでにAFSの生産は終了しており、機材を野戦改修キット化することも難しく、AFSの夜戦化は見送られた。そこで、簡易式AFSともいえる陸戦型ルナ・ポーン(いわゆるGポーン)をベースとすることになった。
生産は2886年9月半ばより始められ、最初の生産機ははやくも9月末に実戦配備された。
最初の生産型は、ヘルメット上部にレーザ/赤外線索敵・照準システムを搭載しただけであった。画像情報はパイロットが装着する多目的ゴーグルに投影された。このゴーグルは、作戦任務中には取り外すことができないため、パイロットからは不評であったが、新たな表示システムを開発する時間が無いこともあり、このままということになった。
初期生産型はエンジンの廃熱が被発見率を上昇させるのと、僚機の索敵能力を低下させるという欠点が指摘された。そのため、第2ロットよりエンジンに代わって燃料電池+低発熱型小型発電機を組み合わせたパワープラントが搭載されることになった。さらに、パワープラント及び機体各部で発生する熱を回収し、外気と混合して排出する廃熱コンバータが機体背上部に取り付けられた。
改良型の性能は、活動時間が劣る点以外では初期型を上回り、要求を十分に満たすものとなった。10月より、予定通り夜戦AFSによる夜間歩哨部隊が編成され、各地に配備されることになった。
しかし、ただでさえAFS不足に悩まされている前線指揮官たちは、後方部隊に新型AFSが配備されることに反対し、恐喝や盗み、書類偽造といった様々な手段を講じて半ば強引に自らの部隊に機材を取り込んでしまった。
警備任務から一転攻撃用となった夜戦AFSは、実戦経験豊富な傭兵達によって強力な兵器となった。数に劣る傭兵軍は奇襲を得意とせざるをえず、少数機もしくは単機による夜間深侵入攻撃を行っていた。これらの作戦には主にラクーンが使用されていたが、それらの生産数および配備数は少なく、SAFSを改造したり、AFSのパイロットに暗視ゴーグルを装備させるといった方法で補っていた。まさに夜戦AFSは、ラクーンを補完するにはうってつけの機材であった。
戦闘部隊に配備された夜戦AFSの多くは、ラクーン同様にレーザガンを排除し、左右ともにパワーアームが取り付けられた。夜間侵入では交戦そのものを避けることが第一であり、さらに、爆薬敷設などといった作業を行うことが多いため、「手」が多い方が良いのであった。
夜戦AFSがその名を轟かしたのは、10月24日にオーストラリアで行われた夜間侵攻作戦においてであった。作戦に参加した4機の夜戦AFSは、それぞれが重さ30kgの工兵用指向性爆薬を携行し、敵哨戒線を突破して、厚さ40cmの耐爆コンクリートで防御されていた無人通信所の爆破に成功したのである。
その後も夜戦AFSは当初予定されていた防御的な任務ではなく、逆に攻撃的な任務に就けられ、いわば「親」であるグッカーと同じ任務を行うこととなり、そのグッカーや無人兵器との遭遇が増えるようになると、レーザガンを搭載した「護衛」型が作られるようになった。
夜戦AFSの生産は、当初はベースとなるGポーン10機に対して1機の割合で作られていたが、すぐに5対1となり、11月には3対1、12月には逆転し1対3の割合となった。武装型は、通常型3機に対して1機の割合で生産された。
夜戦AFSには、非公式ながら「ナイトストーカー」の名前が付けられた。これは、オーストラリアに近いバダヴィア諸島に生息するコウモリの仲間に由来している。

(AFSナイトストーカー発売記念。いつものように勝手な設定)
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ニーベルンゲン製作所

(-・せいさくじょ)

シュトラール軍の主要兵器生産工場。所在地はシュトラール共和国。
主にPKA系列の生産を行う。

ノイ・スポッター (Neu Spotter)

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制式名称:NS465

シュトラール軍の無人反重力戦術偵察機。
少ない人員で広い戦域をカバーしなければならないシュトラール軍は、数が必要でなおかつ損害の多い偵察部隊の無人化を真っ先に進めた。無人偵察機材の開発は2883年3月に開始され、地上型と飛行型の二種類の開発が行われた。
地上型はクレーテとして完成した。クレーテは部隊の要求を満たしたが、歩行では舗装路の少ない地球では機動性に限界があった。
飛行型は、開発されたばかりの新動力源である反重力機関を搭載し、地形の影響は最低限となり、機動性も地上兵器の追従を許さないものとなると予想された。空軍も興味を示し、開発に全面的に協力した。飛行型偵察機材が完成すれば有人偵察機の代わりになるからである。
機体構造は今までに無い形式となった。反重力機関の上部にAIとセンサを装甲板で覆った頭部ユニットを、肩部には分析用のセンサを装備したアーム、長い胴体の下部には卵型の分析記憶ユニット(AMU)を搭載していた。
試作機は反重力機関のみでの飛行に成功したものの、機関出力が弱いために不安定となり、空中で上下が逆になったり、独楽のように回転したり、とんでもない方向に突然吹っ飛んでいくなどという現象が発生した。機関出力を向上させるのは難しいため、機関を2基搭載することで解決となった。
完成した飛行型偵察機材には「NS465」の制式名称と「ノイ・スポッター(新たなあざ笑う者の意)」の愛称が与えられ、2884年9月から本格生産が開始された。
2884年10月に部隊配備されたNS465は早速偵察任務で威力を発揮した。反重力機関は静粛性が高く、夜間であれば至近距離に接近しても気づかれることがないほどであった。しかし、反重力機関は人体に有害な電磁パルスが発生するため、有人部隊の付近での行動に制限が課せられるようになった。整備も専門の施設が必要であり、後に専門の無人整備基地が各地に建設された。
反重力機関のみでは時速100km程度で飛行でき、最大到達高度は500mに達した。シルエットが小さいのと強力な電子戦装置により対空砲で撃墜するのは困難であった。緊急の場合には、後部に搭載したロケットブースターにより時速230kmまで瞬時に加速することが可能である。
偵察情報は送信されると同時に分析記憶ユニットに記録され、機体が破壊された場合AMUは切り離され、僚機か地上部隊によって回収された。
傭兵軍はNS465の跳梁に頭を悩ませていた。静粛性が高く、電子戦能力も高いNS465を捕捉するは難しかったが、半年も経つとベテランパイロットはNS465を撃墜する方法を編み出し、それが伝播すると損害も多くなった。傭兵軍はノイ・スポッターを「一つ目」「電信柱」などと呼んだ。
損害を憂慮した開発局はノイ・スポッターの装甲化を計画するも、反重力機関に余力は無く、全面装甲化は見送られた。2885年秋には一番の弱点である頭部ユニットの付け根に防護板が生産段階から取り付けられた。
反撃能力の付与も考えられ、試験的に1.45cm機関銃が取り付けられた機体が作られ、2884年12月のトリフジオグラード降下作戦で初陣を飾ったが、降下と同時に交信不能となり、結果は不明となった。
停戦までノイ・スポッターはAIの更新を続けて使用された。戦後もシュトラール軍の主力無人偵察機材であった。

ノイ・パンツァーファウスト (Neu Panzerfaust)

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シュトラール軍の携帯式軽対戦車火器。
原型は前原子力時代に作られたが、その後の対戦車火器の発達により忘れ去られていたが、簡単な構造によるコストの低さと生産性の高さ、弾頭部を限界があるものの無制限に巨大化できるということもあり、シュトラール軍が復活させた。
原型と同じくパイプ型のランチャー内で爆発させた火薬のガスにより弾頭部を射出、ガスはパイプの後方より放出することにより無反動性を得ている。
弾頭とランチャーは軽量の合成樹脂によって作られ、弾頭内には成形炸薬が詰められている。貫通力は垂直面で厚さ1mの鋼板を貫くことができ、大半の地上兵器を1発ないし2発で撃破可能である。
最大射程は400mであるが、無誘導のため命中は望めず、有効射程は100m程度である。
PKAの登場により、拡大化されたノイパンツァーファウストが用意された。最大射程は500m、有効射程も150m程度に伸びた。このPKA用のノイパンツァーファウストは、制式には重ノイパンツァーファウスト(sNeu PzF)と呼ばれるが、現地部隊では歩兵用PKA用共にノイパンツァーファウストと呼んでいる。

ナッツロッカー (Nutrocker)

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制式名 PKH103/1a

AFSの跳梁に手を焼いたシュトラール軍が、対AFS兵器として開発した無人重ホバータンク。
100トンを超える巨体ながら80km/h以上の速度で走行でき、装甲はAFSの中間赤外線レーザーに耐え、搭載した2門の8cm中間赤外線レーザー砲はAFSを簡単に撃破できた。
デビュー戦はある意味華々しく、2884年6月、傭兵軍の包囲下にあったニューキャンベラで組み立てられた17輌が錆止め塗装すらしない状態で出撃、包囲部隊の主力であったAFS大隊を1輌の損害だけで粉砕、包囲戦を終結させたのである。
その際、「ピーナッツ」の愛称で呼ばれていたAFSを撃破したPKH103を、前線のある将兵が「ナッツロッカー(胡桃割り機)」と呼び、それがいつしか制式名称となった。
その後、シュトラール軍の主力兵器として大量生産され、世界中の戦場に投入された。
対ナッツロッカー兵器として開発されたSAFSでさえ、その撃破は非常に難しく、2886年になっても戦場の支配者の地位を保っている。

バリエーションとしては数種類が確認されている。
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○PKH103/1b
可動レーザーガンの同軸機銃として、3.5cm機関砲を搭載している。

○PKH103/G
オーストラリアのある通信基地防御用に開発された重武装タイプ。
固定砲台としての運用が考えられており、大口径砲を搭載していた。傭兵軍の特殊部隊により、基地へのフェリー中に爆破されてしまった。
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